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鈴木早智子
鈴木早智子さん 公式ブログ
鈴木早智子オフィシャルブログ「one track memories」
愛知県名古屋市生まれ。その後東京都、埼玉県と転居が続く。幼少の頃から歌手に憧れていた。 1986年、第1回「ロッテCMアイドルは君だ!」コンテストに出場し、最終選考まで残る(この時のグランプリは立花理佐)。 オスカープロモーションに所属するが、入学した高校が芸能活動を禁止していたために自主退学。アルバイトとレッスンの日々を送る。 1987年7月、ワニブックス社の雑誌『UP TO BOY』の第7代ミスアップ・グランプリを受賞(第9代グランプリが後にデュオを組むことになる相田翔子)。 1988年4月、相田翔子と結成したWinkとしてシングル『Sugar Baby Love』で歌手デビュー、1996年まで活動する。アルバム内のソロ楽曲ではクール・アンド・ザ・ギャングのカバーや来生たかおの提供曲などを歌っている。また鈴木本人もMiyoko.Aというペンネームで数曲の作詞を手掛けている。活動中から相田と同じく単独で映画、ドラマにも数度出演。 Wink活動休止後にシングルを1枚リリース。 プロダクション尾木系列の尾木エージェンシー(1998年4月、ネバーランドに改編)に移籍し、ドラマや舞台で活動。 歌手活動からしばらく遠ざかっていた1998年5月から、テレビ東京のオーディション番組『ASAYAN』で、小室哲哉プロデュース権を賭けた「再起に賭ける芸能人」に出演。ニューヨークで共同生活をしながらレッスンを行う企画であったが、鈴木は共同生活を拒否したり、レッスンの途中で退場したりするなど周りと同調しない様子を見せていた。1998年8月上旬、ニューヨークでのレッスン後半、日本のレコード会社からCDリリースの打診を受け、「再起に賭ける芸能人」を離脱(中途帰国)した。 同年10月にシングル「INNOCENT SKY〜悲しみも届かないあの空の向こうへ〜」を発売。 2003年、Wink活動停止後初のアルバム『零〜re-generation〜』を発表、翌年にはライブを行う。現在は舞台、ラジオ、テレビ番組・映画に出演しつつ、写真集を発表するといった幅広い芸能活動を行っている。1980年代アイドルが集まる番組に出演する機会も多い。 2008年12月、『第50回日本レコード大賞』に相田翔子と二人でWinkとしてゲスト出演、「淋しい熱帯魚」を歌唱した 。
